口笛   ( くちぶえ吹きのまっちょ )


こんな動画を見かけちゃいました。 音程、音域、素晴らしいです。

偉そうな事を言って申し訳ないのですが、気を悪くしないで受け止めて頂ければ幸です。

欲を言えば、クラシックを取り上げるなら一度きちんとしたクラシックのレッスンを ( しばらく ) 受けてみてはいかがでしょうか。 楽器は何でもいいです。声楽でもいいと思います。 口笛のテクニックが秀逸なだけに、音楽の未熟さが目立ってしまいます。 デフォルメは、したたかなデッサンの上にある事を会得して頂けると、息の長い、お客様の心に届く口笛奏者に育っていって頂けると思います。 期待しています。

アコーディオン奏者の coba さん って方がいらっしゃいます。 クラシックのアコーディオンでは名門中の名門、イタリア ( ヴェネツィア ) のルチアーノ・ファンチェルリ音楽院 アコーディオン科を首席で卒業。 日本の、そして世界のコンクールを総なめにした方です。 その coba さんが …
「 イタリア留学時代の先生に 今の演奏を見られたら、 お前はイタリアで何を学んできたんだっ! って、ぼこぼこ にされちゃいかねません。 」
っておっしゃてました。 coba さんは、したたかなデッサンの上に立ってらっしゃると思います。 まっちょさんに こんな要素が加われば、さらに素敵な演奏になると思います。 頑張ってください。


くちぶえ吹き、まっちょの 『 くちぶえ修行 』


親バカ の 息子自慢


コンクールに出るとかで 自宅の防音室で息子に演奏を聴かせてもらった事がある。 かつて 高校時代、彼の専攻はサックスで、日本を代表するサクソフォン奏者に教えて頂いていた。 すでに 大学生になっていた息子だったが、コンクールにはサックスで参加との事。 頑張った自負も、うまく吹けている自信も あっての 親への披露だったと思う。 オヤジが、多少無理強いした感はあったとしても。

はい、お上手ですね。 という、ただそれだけの演奏であった。 確かに破綻なく指は動いていたかもしれない。 テクニック、上達したなぁ、とは思った。 課題は2つ。 ただ、だらだらと続くだけの、アクセントも強弱もテンポも、区切りとなる小節感も不明な演奏だった。 あのねー、自分のイメージの10倍か100倍くらいダイナミクにやらないと 客席には届かないんよ。 pp は 聴き取れないくらいでいいんだよ。 お客さんは それでも聴き取ろうとするから 受け止めてくれるんよ。
さらに致命的な事には、サックスという楽器の音色のリファレンス感が一度も出てこない、感じられない、そんな演奏だった。 息子よ、聴衆はキミの演奏を聴きに行くのだぞ。 キミという人間をを聴きに行くのだぞ! テクニックは、時としてキミを助けてくれるかもしれないけれど、聴衆は君のテクニックを聴きに行くのではないのだぞ。

いくつも指摘すると混乱するだけなので、ホルストの火星を例に挙げ、テンポの事だけ言わせてもらった。 キミのは、三拍子と二拍子が交互に出てくる感じが 全くしないよ。 まるで、全体で1小節の曲みたいだよ。

頑張った自負があった彼だから、 この、全くの素人オヤジの言葉は厳しかったらしく、 憮然として、いろいろ つべこべ言っていた。 でも、残念ながら事実はそれだけなのである。 覆水盆に返らず。 一度演奏してしまったものは、あとで いくら言い訳しても、その言い訳は 聴衆には届かない。 時すでに遅し。 手遅れなのである。


あれから 2年? 3年?  現在は作曲が専攻の彼が、院試のために作った曲を送ってくれた。 サックス4本を、自分で吹い ( 生演奏し ) て多重録音したものである。

Basso Ostinato for Saxophone Quartet

私の課題は見事クリアーされていた。 その、小節が前へ突き進んで行く感じが 大変心地よい。 彼らしい浮遊感とか ひょうきんさ も抑制されたなかに確かに存在している。 聴衆へのトラップも仕掛けてある。  さらには、 「 あぁ、これがサックスの音なんだろうなぁ 」 という音色が届いてくるのである。 音のつながりが自然だ。 頭蓋骨をタンギングやポルタメントが ごりごり 攻めて来る。 サックス専攻時代のプレッシャーというか、肩の力の抜き方を、息子はようやく会得したようなのである。 サックス専攻ではなくなって ( やめて? 諦めて? ) 、息子はサックスが確実に上達した。 これなら 他人様にも 聴いて頂けるぞ! 息子に大拍手!   息子は、かつても今も、小生意気な クソガキ である。





ヴィオラ奏者 吉瀬弥恵子さん  その2


吉瀬弥恵子 ヴィオラ奏者 『 えびフライ日記 』 記事はこちらから。


さんのサイトを眺めていると、彼女の懐の深さにますます驚かされます。 ヴィオラ奏者にしておくのはもったいないかもしれません。 この人、どういう方なんだろう。 とりあえず 早く演奏を聞かせて欲しいです。

お忙しいらしく、ブログ 『 えびフライ日記 』 で手一杯なのでしょうか、しばらく更新されていませんが、下記2サイトも なかなか読み応え、あります。 無理のない範囲で、続きも読ませて頂きたいです。


バイオリニストへの道 』     ヴィオラ ( ビオラ ) 奏者  ヴィオリスト    ブログ

 ヴィオラ奏者 吉瀬弥恵子 『 バイオリニストへの道 』     viola viola violha! ヴィオラ( ビオラ )奏者 ヴィオリスト 吉瀬弥恵子 よしせやえこ Yaeko Yoshise



バイオリンと女の子のツアー紀行 』     ヴィオラ ( ビオラ ) 奏者  ヴィオリスト    ブログ

 ヴィオラ奏者 吉瀬弥恵子 『 バイオリンと女の子のツアー紀行 』

練馬中野江古田東京   音楽教室 ( バイオリンビオラ )   ワイズ ( Y's ) 音楽教室

吉瀬弥恵子 ヴィオラ奏者   えびフライ日記

ヴィオラ奏者 吉瀬弥恵子さん その2 記事はこちらから。

音楽館を通してさんという方を知りました。 ( よしせやえこ さん。 きちせやえこ さんではありません。 )
なんか、すごい経歴を持つヴィオラ奏者なのですが … いつもどおり 私にとってそんな事はどうでも良く …

ヴィオラ奏者 吉瀬弥恵子 よしせやえこ ( きちせやえこ ? )

 吉瀬弥恵子 よしせやえこ ヴィオラ奏者 ( きちせやえこ ? )

吉瀬さんの 『 えびフライ日記 』 と称するそのブログ、彼女は弦楽器を扱う コツ から演奏の心構えまで、1年365日、嵐の日も呑み会の日も、毎日毎日休まずに ワンポイント・アドバイスをコツコツと書き綴っているのです。 分かりやすいようにイラストや写真、可愛い顔文字も入ってます。 それを2010年の8月から ずーっと。

   (*^-゚ )  とか  ( ゚∀゚ )ノ  とか  (^ー^* )  とか …

西暦を4で割って、割り切れる年はオリンピックの年です。 おっと … オリンピックの年でもあるのですが、『 うるう年 』 でもあって、2月は29日あるんですね。
で、 えびフライ日記 の 『 月間アーカイブ 』 を見ると、確かに 2012/02 (29) となっていたりして、これはもう、本当にすごいです。 恐れ入りました。

クラシックの方って粘り強いですよね。 息子のお母さまなども 一応そうした学校を優秀な成績でご卒業されていて、結婚当初など 毎日 生演奏が聴けるかと楽しみにしていたのですが … ところが … 朝から晩まで 終日同じパッセージを繰り返したりしているのです。 勘弁してほしいです。 これが ベルリンフィルの 『 運命 』 だったとしても、冒頭の n ジャジャジャ・ジャーン だけを朝からやられたら、工事現場の掘削機の ドドドッ …  と変わらないです。 音楽館のアクセスログを見ていても、普通2~3ページまでと言われている検索ページ閲覧数なのですが、10ページも20ページも追いかけ続けて来館するお客様がいたりして 頭が下がります。 よくぞここまで。 足代と手間賃をお支払いしたいくらいです。 クラシックの方は粘り強いです。

というわけで、クラシックなど、ましてや弦楽器など ド素人の私にとって、『 えびフライ日記 』 は ネタ帳 として手放せないものになりました。  へぇー、演奏家ってこんな事考え、こんな事してるんだぁ。 毎日アクセス。 毎日閲覧。 こんな感じです。
吉瀬さまにも連絡を取り、引用の許可を頂きましたので、『 わかる! オペラ情報館 』 同様、大いに活用させて頂こうと思っております。 吉瀬さん、悪意は無くとも ( イタズラ心で ) 意図的誇張、改ざんもあるかもしれません。 そこんとこも含め、末永くお付き合いのほど よろしくお願い申し上げます。 どうせ すぐにあちら側に逝ってしまいますから。

   ≫ サムネイルですが、こちらイッキ読み も出来ます。

それにしても、どうして  🍤 えびフライ  なのかが分かりません。 目下、最大の課題です。


練馬中野江古田東京   音楽教室 ( バイオリンビオラ )   ワイズ ( Y's ) 音楽教室


参考   ≫ ヴィオラ奏者の吉瀬さんのブログです。  プロの作曲/DTM講座・東京(Skype対応)
      ≫ PACオーケストラ / リサイタルシリーズ  ~メンバーの素顔に迫る!  エンターテイメント日誌


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小保方さんを信じます。

 小保方晴子さんを信じます。

素人が、突然こんな場所に ( 具体的根拠もなく ) 何か書いて、何の意味があるのか分かりませんが、

小保方晴子さんを信じます。 応援します。

今回の騒動を見るにつけ、バーバラ・マクリントックによるトランスポゾンの発見を思い浮かべます。
バッシングの中 大変だと思いますが、応援している人間も沢山いると思いますよ。 反省しなければいけない点があるかと思いますが、これからの人生に生かしていけばいい。 ご迷惑をかけた方には誠意を尽くして謝まるしかない。 その勉強の機会を与えてもらったと思って、余計な事は考えず 研究に集中して下さい。

トランスポゾンが認められ、マクリントックがノーベル賞受賞を聞いて 「 まぁ! 」 と言うまでに30年かかっています。  小保方さん、まだまだ これからですよね!   自分を信じて! 負けないで!


 ≫ 『 小保方さんを信じます。Ⅱ 』  バーバラ・マクリントック について
 ≫ 『 小保方さんを信じます。Ⅲ 』  " 心を戒めるのは、むしろ私たちの側にある " について


小保方さんを信じます。 Ⅱ   ( バーバラ・マクリントック について )

 小保方晴子さんを信じます。

上記、『 小保方さんを信じます。 』 の補追です。 バーバラ・マクリントック につき 少々説明させて頂きます。


バーバラ・マクリントック   Barbara McClintock   細胞遺伝学者 植物学者

1902年生まれ。 1919年、コーネル大学農学部 入学。

1922年 大学卒業生向けの遺伝学コースに参加。
      この頃から遺伝学に親しむ。
      同時に細胞遺伝学を研究するに当たって トウモロコシの染色体を素材とする。

1923年 コーネル大学卒業。  1925年、修士号   1927年、博士号 取得。

1944年 史上3人目となる米国科学アカデミーの女性会員に選出。 ( 42才 )
      女性として初めてのアメリカ遺伝学会の会長に選出。

1951年 トランスポゾン 理論を発表。 ( 49才 )

上記、超・イケテル理論は、その 『 超・イケテル 』 = 超えてる事が災いして 当時のほとんどの人には理解ができず、これを境に彼女に対する評価は 「 おかしな人 」 「 奇行の人 」 へと変わっていってしまう。 同時に多くの人々は保身に走り、その足が次第に彼女から離れ、疎外し、排除しようという動きが強まっていく。 こうして お定まりの マクリントック・バッシングが展開されていく。 彼女のイライラも それを助長したのではないか。

1983年 トランスポゾンの発見に対して、ノーベル生理学・医学賞を受賞。 ( 81才 )

これと前後し 数々の賞を受賞するが、その賞金を充てて 生涯で初めて新車 ( ホンダ ・ アコード ) を購入。

1992年 鬼籍の人となる。 享年90。

ノーベル賞受賞の報に接し、「 まぁ! 」 とつぶやいて、 それでも いつものように トウモロコシ畑へ出かけて行ったという逸話は有名。 また、ご近所からは いつもトウモロコシ畑をうろついている 不思議なおばあちゃん と呼ばれていたのだとか。 彼女は 体が動かなくなるまで トウモロコシ畑 に通い続け …  死の直前まで 文献を読み、議論をし、研究への情熱を失わなかった。


小保方さんにこういう生き方をして欲しいと思っている訳ではありません。 もっと穏やかな 順風満帆の人生であって欲しいと願っています。 そうではなく、私たちは こういう事もあったのだと知ったうえで、今回の一連の騒動と接していく必要があると思うのです。 心を戒めるのは、むしろ私たちの側にあるのではないかと。


≫ ここで 割り込んで 『 小保方さんを信じます。Ⅲ 』 を先読みして頂きたいのですが いかがでしょうか。


私がトランスポゾン理論を知ったのは ノーベル賞受賞がきっかけでした。 当時 けっこう話題になったのを覚えています。 さらには この理論が私とほぼ同じ年代を重ねていることもあり、どこか同級生のような親しみを感じてきました。 もっとも内容は珍文漢文ですけれど。   ^^;      また、エブリン・フォックス・ケラー (著) 『 動く遺伝子 』 は、読んだ事があるかどうかも不安なほど、私の中ではアルコールの彼方に霞んでいました。 Wiki の助けも借りながら、備忘録として一応まとめておきますが、間違いがあったらご免なさい。 研究者ではないのでお許し願います。 詳しくは Wiki 等をご参照下さい。 この本、もう一度 どこかで借りてこようかな。

 ≫ 高校・生物基礎 第3節 『 遺伝子の正体 』  ( 内容は 高校・生物基礎 なのですが、トランスポゾンの部分は私には理解不能です。 ただし マクリントック の部分は、Wiki に劣らず感動的ですよ。 )
 ≫ 乱読大魔王日記 『 動く遺伝子 - トウモロコシとノーベル賞 - 』
 ≫ ちくわぶ 『 動く遺伝子 トウモロコシとノーベル賞 』  エブリン・フォックス・ケラー (著)
 ≫ サイエンス チャンネル 偉人たちの夢(90)  『 バーバラ・マクリントック 』    2003制作 ( 29分 )


小保方さんを信じます。 Ⅲ   ( 心を戒めるのは むしろ私たちの側にある )


上記、『 小保方さんを信じます。 Ⅱ 』 の補追です。     ≫ 小保方さんを信じます。 は こちらから。

" 心を戒めるのは、むしろ私たちの側にあるのではないかと。 "  の部分につき、もう少し考察してみたいと思います。 よろしければ お付き合い下さい。


私は奥さんのお供をしてデパートに行きます。 迷子にならないよう 注意深く彼女の後をついて行くのですが、途中の陶器店の陳列棚の奥に 備前のぐい吞み が置いてあるのが目に留まったりします。 2万円と7千円のがあって、やっぱり値段が張るものは それなりにいいなぁ なんて思ったりします。  「 ねぇ、これどお? 」 なんて奥さんに聞かれ ( それが 例え 私の衣類であったりし ) ても、この会話を さっさと終焉させる為には何と答えたら最大の効果を発揮するのだろう、などと考えながら、2万円のぐい吞み の事ばかり想っています。

ところが。 買い物が終わり、もう一度あの陶器店を覗いてみようと思うのですが、なかなか そこにたどり着けません。 「 本屋はどこにあったっけ … 」 などと誤魔化しながら探してみるのですが分かりません。 どうやら 奥さんも 薄々感付いているようなのですが、 「 若いお嬢さんのスラリと伸びた長い脚ばかり見てるから こういう事になるのよ 」 なんて思っていて、ちっとも親身になってくれません。  そんな事ないです!  確かにお嬢さんの脚も気になってましたが、私は ぐい吞み を見ていたのですっ!   


少し離れた街に ちょっと気になる飲み屋があります。 最初は 仕事上のお客様に連れて行って頂いたのですが、小さな路地を曲がった所にあるその店は、碧ちゃんという、うりざね顔の 素敵な ママがいて …
「 よだっとさん。 私 体はよごれてるけど 戸籍はまだきれいよ。 」 なんて、私が喜びそうな台詞を考案してくれたりします。 いつ行っても、先客が誰もいないのも 嬉しいです。

ところが。 昼間、仕事で出かけて時間が余った時など、その路地を探してみるのですが さっぱり見つかりません。 2度 本気でチャレンジしてみたのですがダメでした。 でも、酔っぱらってさえしまえば、ただ無意識に歩いて行くだけで、 いつの間にか自然と 店のドアに手がかかってるんだな、 これが。   


もう9年も単身赴任をしています。 その間、部屋に女性が入ったのは2度だけ。 最初は、引っ越してきた際 奥さんが手伝いに来てくれました。 2度目は、叔父が訪ねて来た事があって、その奥さん ( 義理の叔母さんですね。 ) もご一緒でした。 そして、女性がやってきたのは その2回だけです。

ところが。 何ヶ月かに一度、明らかに女性のものと思われる長い黒髪 ( 私は白髪のじじいですから。 ) がユニット・バスに落ちている事があるのです。 やましい事、後ろめたい事など 全く身に覚えがないにもかかわらず、時たまこういう事が私の周りで起こります。 全く 身に覚えがないにもかかわらず ですっ!   


さて、上記ぐい吞みも、魅惑の路地 も、しなやかな黒髪 も、確かにあったし、実在するのです。 友人に話しても、皆信じてくれます。 「 え゙ぇ ~ ? 本当なのぉ ~ ? 」 などと疑われた事は まだ一度もありません。 こう見えても、生まれて そろそろ24年になりますが、まだ一度もウソをついた事が無いので、私は信用 固いのです。 白髪のじいさん = ちゃんとした紳士であるというのも、それを助けてくれているかもしれませんけれど。

ただし、これが業務であったなら こんなに すんなりとはいきません。 例えばぐい吞みだったら、地下鉄日本橋駅のB2出口から地表に出て裏通りに回り 大手町側からデパートに入る。 目の前にあるエスカレーターを5 つ乗り継いで ( 6F ) 直進。 突き当りを右折、女性の下着売り場を右回りに迂回した右側にある陶器店奥の右側の陳列棚。 目の高さ。 くらいにやらないと仕事になりません。 当たり前の事です。 そこまでやって デパートと陶器店名、それぞれの住所と連絡先、地図まで見易く印字して渡しても、もう既に売れてしまい、ぐい吞み にたどり着けない事だってあるはずです。

小保方さんもおっしゃっているとおり、ご自身が未熟だったとしたら、どうやら 主にこの部分にあるようです。 身から出た錆 と言ってしまえばそれまでですが、 周囲のオトナも、自分たちがオトナだとおっしゃるなら、彼女をもっとフォローしてあげられなかったのか、それも とても残念です。

ぐい吞み 、無かったじゃないか!  って言って 女子社員を泣かせて 面白いのでしょうか?   まぁ、すぐ泣き出す女子社員も女子社員ですが …   ( それって、泣けばいいと思っている風に見える時があります。 )
さらには 野次馬が、 あそこには柿右衛門の大皿があったはずだ! 青磁の壺もあったはずなのになぜ気付かないのか、行ってないのではないか。  などと言ってみても、見えてないんだから無理です。 私が見たのは、若い女性の脚と、備前のぐい吞みと、奥さんの後ろ姿だけです。  それって、私の落ち度でしょうか。

ぐい吞みは実在したのです。  私は小保方晴子さんを応援します。 信じます。



1,000年前 「 津波がここまで来たよ! 」 と書き残された古文書や石碑。 

800年前、世界政府に敗れたある巨大王国が、空白の100年の真実とその思想を未来に託すために残したとされる、爆破してもキズひとつつかず 決して砕けない硬石に書かれた 解読困難な古代文字。 空白の100年の真実が書かれていると同時に王国の思想を復活させる鍵となる ( ? ) 古代文字 = リオ・ポーネグリフ。

400年前、モンブラン・ノーランドが遺した航海日誌。


余談になりますが、自然科学において 『 無い 』 事を証明するのは非常に難しい、と、ポパー は言ってます。 70年間 絶滅したとされていた ( 70年間確認されていなかった ) 田沢湖の クニマス が西湖で生き残っていました。 もしかしたら ニホンオオカミ もどこかで生きているかもしれません。 極端に言うと、中国東北部に人為的に移されたものが、自然交配に至らずに ピュアなニホンオオカミとしてまだ生き残っているかもしれません。 それがシベリアとウラル山脈を越えてスカンジナビアに拡がっているかもしれません。 ニホンオオカミが生き残っているかどうか賭けるなら 生き残っている 方に賭けた方が無難です。 『 いない 』 ことを証明するのは ほぼ不可能、という事は 『 いる 』 事が証明されるまで勝負はお預け、 それが証明されれば あなたの勝ち! 負ける事は決してありません。   ^^;
STAP細胞 の再現実験を世界中の科学者が行って、成功例はまだ一件も無いそうです。 それはそれで、そのとおりなのでしょう。 でも、『 世界中の 』 と言うから大きく聞こえますが、いったい累計で何人、何回なのでしょう。 しかも、 期間はたったの 数週間。 その程度では 「 あ、そう 」 「 それで? 」 「 頑張って下さいね 」 と、素人の私としては言うしかないですね。   そもそも、そんなに簡単に出来ちゃうものなんでしょうか。
( ※ : そう言えば 常温核融合 ってどうなっちゃったんでしょうか。 学会 もあるようですが。 )



私たちは 自分が理解できない事を否定してきた = 理解できないという事実を、迷信だとか、教訓のため、もしくは政権維持のための作り話だとか、妄想だとか … 自分に都合のよい理論を創造し、または 見つけ出し、それが実在する事を拒否してきました。 でも今、 日本人は 地震が来ても 駅の階段に道を開けて座る とか、暴動・略奪が起きない法治国家である とか、おもてなしの心に満ち溢れている とか …  国民の品位が高く評価されている今、 もうそろそろ この呪縛から自身を解き放ち、自分が理解できない事を素直に認める心、不確かなものが 不確かなままそこにある事を想う心、自分が異質だと思うものに おおらか である心、それ等は恥ずべき事ではないのだという暗黙の約束事 = Japanese Local Rule が自然発生し、想っている事、信じている事を 安心して口に出せる時代がきてもいい頃だと思うのです。  これの積み重ねによって、 物心ともに豊かな日本に繋がると思うのです。 そこから世界に繋がるなら、 なお いいですよね。

例え 今 証明できなくも、理解できなくも、真実 は 真実 としてあるのです。   あるんだから。



   ≫ 『 小保方氏会見から得られたもの 』   ブログ : 大隅典子仙台通信


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