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小保方さんを信じます。 Ⅱ   ( バーバラ・マクリントック について )

 小保方晴子さんを信じます。

上記、『 小保方さんを信じます。 』 の補追です。 バーバラ・マクリントック につき 少々説明させて頂きます。


バーバラ・マクリントック   Barbara McClintock   細胞遺伝学者 植物学者

1902年生まれ。 1919年、コーネル大学農学部 入学。

1922年 大学卒業生向けの遺伝学コースに参加。
      この頃から遺伝学に親しむ。
      同時に細胞遺伝学を研究するに当たって トウモロコシの染色体を素材とする。

1923年 コーネル大学卒業。  1925年、修士号   1927年、博士号 取得。

1944年 史上3人目となる米国科学アカデミーの女性会員に選出。 ( 42才 )
      女性として初めてのアメリカ遺伝学会の会長に選出。

1951年 トランスポゾン 理論を発表。 ( 49才 )

上記、超・イケテル理論は、その 『 超・イケテル 』 = 超えてる事が災いして 当時のほとんどの人には理解ができず、これを境に彼女に対する評価は 「 おかしな人 」 「 奇行の人 」 へと変わっていってしまう。 同時に多くの人々は保身に走り、その足が次第に彼女から離れ、疎外し、排除しようという動きが強まっていく。 こうして お定まりの マクリントック・バッシングが展開されていく。 彼女のイライラも それを助長したのではないか。

1983年 トランスポゾンの発見に対して、ノーベル生理学・医学賞を受賞。 ( 81才 )

これと前後し 数々の賞を受賞するが、その賞金を充てて 生涯で初めて新車 ( ホンダ ・ アコード ) を購入。

1992年 鬼籍の人となる。 享年90。

ノーベル賞受賞の報に接し、「 まぁ! 」 とつぶやいて、 それでも いつものように トウモロコシ畑へ出かけて行ったという逸話は有名。 また、ご近所からは いつもトウモロコシ畑をうろついている 不思議なおばあちゃん と呼ばれていたのだとか。 彼女は 体が動かなくなるまで トウモロコシ畑 に通い続け …  死の直前まで 文献を読み、議論をし、研究への情熱を失わなかった。


小保方さんにこういう生き方をして欲しいと思っている訳ではありません。 もっと穏やかな 順風満帆の人生であって欲しいと願っています。 そうではなく、私たちは こういう事もあったのだと知ったうえで、今回の一連の騒動と接していく必要があると思うのです。 心を戒めるのは、むしろ私たちの側にあるのではないかと。


≫ ここで 割り込んで 『 小保方さんを信じます。Ⅲ 』 を先読みして頂きたいのですが いかがでしょうか。


私がトランスポゾン理論を知ったのは ノーベル賞受賞がきっかけでした。 当時 けっこう話題になったのを覚えています。 さらには この理論が私とほぼ同じ年代を重ねていることもあり、どこか同級生のような親しみを感じてきました。 もっとも内容は珍文漢文ですけれど。   ^^;      また、エブリン・フォックス・ケラー (著) 『 動く遺伝子 』 は、読んだ事があるかどうかも不安なほど、私の中ではアルコールの彼方に霞んでいました。 Wiki の助けも借りながら、備忘録として一応まとめておきますが、間違いがあったらご免なさい。 研究者ではないのでお許し願います。 詳しくは Wiki 等をご参照下さい。 この本、もう一度 どこかで借りてこようかな。

 ≫ 高校・生物基礎 第3節 『 遺伝子の正体 』  ( 内容は 高校・生物基礎 なのですが、トランスポゾンの部分は私には理解不能です。 ただし マクリントック の部分は、Wiki に劣らず感動的ですよ。 )
 ≫ 乱読大魔王日記 『 動く遺伝子 - トウモロコシとノーベル賞 - 』
 ≫ ちくわぶ 『 動く遺伝子 トウモロコシとノーベル賞 』  エブリン・フォックス・ケラー (著)
 ≫ サイエンス チャンネル 偉人たちの夢(90)  『 バーバラ・マクリントック 』    2003制作 ( 29分 )


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